『憐れみの3章』

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どんな作品?

『聖なる鹿殺し』『女王陛下のお気に入り』『哀れなるものたち』などを手がけたヨルゴス・ランティモス監督作品。3章の異なる物語から構成されているが、メインの出演者は共通していてそれぞれのエピソードで違う役柄を演じている。

第1話 R.M.F. の死

レイモンドのために働いているロバートは、R.M.Fという男を殺せと命じられるが拒否。するとレイモンドからは見限られ、妻は出ていき、すぐに人生に行き詰ってしまう。デートに誘ったリタも裏でレイモンドと繋がっていたことが判明し……。

レイモンドという男に盲目的に従うロバートは、やたらと良い生活をしている。シックでセンスの良い家具が揃った家で、知的な雰囲気の妻と送る意識高い系の生活。しかし、「謎の男を殺したくない」と自分の意思を表明した瞬間、すべてを失うというリスクにさらされてしまう。

特徴的なのはロバートの優柔不断な性格。彼は何も決められない。バーで何を注文するのかすら。そんな彼が唯一決断したのが「殺したくない」という気持ちの表明だったわけだが、それこそロバートにねじ伏せられてしまうという皮肉。世界にひとつしかない贈り物を送って人間を支配するレイモンドとは何者なのか?「よくわからないけれど世界を掌握するほどの力を持つ人物がいる」という陰謀論のふわっとしたイメージをそのまま具現化したようなウィレム・デフォーのレイモンド像が恐ろしくもあり、滑稽でもある。

第2話 R.M.F. は飛ぶ

警官のダニエルは、リサーチに出たまま海で消息を絶った研究者の妻リズのことを心配していた。リズは奇跡的に生還したものの、ダニエルにとってはまるで別人のようになってしまっていた。リズが偽物なのではないかと疑うダニエルはやがて精神的な限界を迎えて家で療養することに。そして、リズに無茶な要求をするのだが……。

妻が偽物だという妄想に取りつかれた男と、彼のために命すら捧げてしまう妻。第1話をさらにグロテスクにした描写が続くショッキングなストーリーとなっている。一方で、どうかしているとしか思えない動画が出てくるなどぶっ飛んだコメディ要素もあり、第2話が最もわかりやすく楽しめるかもしれない。

第3話 R.M.F. サンドイッチを食べる

エミリーとアンドリューは、とある教団のために予言された救世主を探して回っていた。片方がすでに死亡している双子で年齢は29歳。身長や体重まで指定された「救世主像」に合致する女性を死体安置所に連れていき、死体を蘇らせることができるかを試すのだ。しかし、なかなか救世主は現れなかった。彼らが信じる教団では、オミとアカというリーダー夫婦以外とセックスすることは許されない。しかし、元夫と娘に会いに行くことになってしまったエミリーは……。

個人的には第3話が最も好きだった。教団のイカれ具合も面白かったし、ストーリーの起伏も激しくてスピード感があった(エミリーがドリフトしまくる運転も楽しい)。また、抉るような傷についても非常にくっきりと描いており、第2章のグロ描写とは違う意味で見ていてキツい。ランティモス節爆発!といった印象だ。

KINDS OF KINDNESS(ネタバレ感想)

本作の原題は「KINDS OF KINDNESS」(親切の種類)だ。3章すべてで、主人公を絶対的に支配する存在と、その支配に従順に従おうとするがゆえに行き過ぎてしまう言動が描かれている。『憐みの3章』というタイトルだと意味がちょっと変わってしまうのも問題なのだが、最初に「KINDS OF KINDNESS」とタイトルが出てくることで「親切とか気遣いについてのお話が始まるんだな」と心の準備をすることができるように設計されているのに、邦題だとその効果が消えてしまうのは鑑賞時の不公平になる気がする。KINDS OF KINDNESSのダジャレっぽさは再現できないけれど、ちょっと間抜けっぽく「親切図鑑」とかにすれば良かったのになー、と思ったり思わなかったり。

とにかく、全編にわたってとても悪趣味で性格が悪くて最高だった。『女王陛下のお気に入り』『哀れなるものたち』と比較的わかりやすい作品を作ってきていたので、もう前のようにはならないのかと思っていたけれど、やっぱりこういうのが好きなんだね!

ヨルゴス・ランティモス本人が演じているR.M.F.は第1話で殺されて第3話で復活する。この辺りはわかりやすくイエス・キリストですよねという感じだし、盲目的な従属が宗教染みているなと感じさせる第1話から、そのものズバリカルト教団を扱っている第3話まで、血や水といった宗教的なイメージを頻出させているのも意図的だろう。また、第1話では無自覚の流産、第2話では自覚的な流産、第3話では子どもの遺棄を描いていて、個人的にはそこが一番グロいと感じた。本当に悪趣味ですね!!

好きだったシーンは第3話でマーガレット・クアリーがプールに飛び込むところ。救世主の条件についてはもうちょっとわかりやすく説明してくれた方が良かった気がするが(よくわからなかった人もいそう)、あの選択はグロテスクかつ爽快で最高にテンションが上がった。そのまま突っ走ってパーンと弾けてしまったようなラストの展開もとても好み。

注意点は、動物虐待が描かれていることと、いわゆるデートレイプといえばいいのかな、かなり克明な性的加害シーンがあること。エミリーが置いていった靴を「自分からのプレセント」と娘に偽っていた時点で「あれ?」とは思ったが、まさかあんなキャラクターだったとは。本作には最低な人間が何人も出てくるが、エミリーの元夫が最も醜悪だったな。

エマ・ストーンをはじめとするメインキャストたちは生き生きと楽しそうに下劣で皮肉な物語に命を吹き込んでいた。エマ・ストーンはもうこの方向性で行くつもりなのかな。自分をビューティーアイコンにすることには興味がないみたいだし、眉間に皺を寄せて唇を捻じ曲げ、首を前に突き出してずんずん歩く彼女をこれからも私は見ていきたい。

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