『Cloud クラウド』

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どんな作品?

黒沢清監督による最新作。菅田将暉主演のサスペンススリラー。転売屋の男が陥る不可解な危機を描く。

あらすじ

工場で働きながら転売屋としても小金を稼いでいる吉井。あるとき、比較的まとまった金が手に入り、同時期に職場から管理職への昇進を打診される。思い切って退職し、湖畔の家を借りて転売屋を本職としてやっていこうと決めた吉井は、恋人の秋子を連れて引っ越していく。アシスタントに地元の若者を雇い、出だしは順調に見えたが……。

現代の寓話

前半は吉井の淡々とした日常と転機を、後半はやたら長尺の銃撃戦を描いているユニークな作品だった。最終的には吉井はありとあらゆる憎悪の対象になってしまうわけだが、そこに至るまでの経緯が丁寧に描かれているわけでもないので、吉井からしてみると「なんで?」ということになる。

覇気がなく何事にも無関心そうなのに、調子にだけは乗っている吉井という男のキャラクター造形が見事で、全体的に寓話っぽくてリアリティにはこだわっていないようにみえる作品の中で、吉井という空虚な男の実在感だけが異様に際立っていた。周囲の人間のわざとらしくて不自然なセリフ回しが最初のうちは気になったのだが(特に秋子)、途中から「これは寓話なんだな」と気づいてからは気にならなくなった。アシスタントの佐野だけは自然なしゃべり方をしていたので、他の人物の作為的なセリフは意図的なものなのだろう。

後半の銃撃戦はドタバタとしていて無計画。シチュエーションを変えながら展開していく様子や、色々なタイプの銃が出てくる点など、かなり見ていて楽しいシークエンスだった。前半が不穏で重苦しい描写が続くので、後半でのバカバカしくて突き抜けた銃撃シーンでかなりスカッと?した。

気になった演出は、内と外の強調かな。なぜかカーテンをしめない吉井の元には、何度か外界からの侵入者が訪れる。窓ガラスの向こう、ドアの向こうにいる存在を意識しながら怯える恐怖は、家の中のPCで全世界に向けて発信をしながら、向こう側からのアクションは見ることができないというインターネットの世界をイメージさせる。吉井のいる小さくて姑息なテリトリーでの行為が、本人の実感もないまま外界に影響を与えていてその結果として悲惨な状況を巻き起こすという展開は、実に恐ろしく現代的だった。

和製『ハウス・ジャック・ビルト』?(ネタバレあり)

私が本作を観て思い出したのは、『ハウス・ジャック・ビルト』だ。冷酷な連続殺人気が淡々と殺人を犯し、最後に地獄に落とされるという映画なわけだが、本作の吉井もジャックと同じようなものだ。違うのは、ジャックと異なり吉井には悪いことをしているという自覚も、自分の行動への美学もないということ。なんなら吉井は自分のことを常識的で善意の人だとすら思っている節すらある。

私の解釈では佐野はメフィスト・フェレスであり、吉井を地獄へ引き込む道先案内人ということになる。佐野の不自然なまでの万能感も、彼が吉井を守る理由がどこにも見つからない点も、そのキャラクターの非現実性を際立たせている。

ハッキリ言って、吉井は殺されるほどのことはしていない(客観的な事実だけを並べるとね)。物品を盗んだりもしていないし(売り手は売却を止めることもできた)、上司や先輩を騙してもいないし(居留守は使ったけど)、偽物を販売したかもしれないが本人も偽物だとは知らなかった(確認すらしなかった)。なんとなくヤバい橋を渡っている感覚はあっても、誰かの強烈な恨みを買ったという自覚は本人にはないだろうし、実際に処刑ゲームに加担したメンバーの中には前半で登場しなかった背景不明の人物も含まれていた。黒沢清は、処刑に至る過程にリアリティを含ませる気などさらさらないし、佐野という存在についても辻褄を合わせるつもりなど全くないのだと私は解釈した。

ファウストやジャックと異なり、吉井は自分で何の自覚もなくメフィスト・フェレスに魂を売り渡していたのだ。悪いことをしていることにも、他者を傷つけていることにも自覚がない。PCの画面の中を見て、通帳の数字だけを眺めて、起きて寝て起きて寝て。特に興味もない相手と何となくそれが普通だから一緒に暮らして、深く考えずに「結婚するつもり」なんて言ってしまう。たかだか数十万とか数百万の利益を出しただけで万能感を得て、人生ちょろいと思ってしまう。吉井のそういった空っぽな状態にメフィスト・フェレスは目を付けた。何の目標もない、人生に何の意味も見出そうとしていない人間は簡単に操れるからなのかな。

吉井の目に初めて生気が宿ったのが、人を打ち殺したシーンだったのが印象的だった。しかし、それでも彼は何にも気づかず、何も考えずに恋人の裏切りに傷つくふりをしていた。ラストで突然世界観が変わり、車の外に現れた絵画のようなカラフルな雲の姿と「地獄の入り口」というセリフ。吉井は地獄の入り口に来たのではなく、自分がいたのはずっと地獄だったのだということにようやく気づいたのかもしれない。それにしても、佐野役の奥平大兼が抜群に良かった。

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