どんな作品?
- 脚本 ダニー・ルービン
- 音楽・歌詞 ティム・ミンチン
- 演出 福田雄一
- 翻訳・訳詞 福田響志
映画「Groundhog Day(邦題:恋はデジャ・ブ)」を原作としたミュージカルの日本版初演。同じ日を繰り返す男を主人公にしたスピーディかつコミカルな内容は、ロンドン版・ニューヨーク版ともに高い評価を受けた。性格に難ありの主人公フィルを演じるのはWEST.の桐山照史。真面目なヒロインを演じるのは咲妃みゆ。その他、個性的な実力派キャストが名を連ねる。
あらすじ
売れっ子気象レポーターのフィルは傲慢で自分勝手な性格。春の到来を予想するお天気占いの行事「グラウンドホッグ・デー」の中継をするために嫌々ペンシルバニアの片田舎にやってきた彼は終始機嫌が悪かった。一刻も早く帰りたいと願ったフィルだったが、猛吹雪のためにまた一晩町に泊まる羽目に。しかし、翌朝起きるとまた同じ2月2日で……。
強烈なハイテンションとアドリブで進行する1幕
『恋はデジャ・ブ』の主人公といえばイヤなやつで有名なわけだが、原作映画のビル・マーレイ同様に優れたコメディセンスと天性のチャーミングさを持ち合わせていないと、ただのクソ野郎になってしまう危険性がある難しい役だと思う。桐山照史は実に見事にフィルを演じていて、最悪な言動を繰り返すのになぜか憎み切れないという絶妙なバランスを最初から見事に体現していた。ガッチリとした肉体、健康そうな骨格、大きく動く口と顎、スーツを着こなす姿勢など、いかにもアメリカのTV界で成功しそうな青年というルックスも相まって、登場した瞬間に劇場をアメリカの明るいミュージカルの世界に変えてしまう存在感。ファーストルックで私の期待値はMAXに。
そして、福田演出といえばアドリブ(っぽい演出も含む)。本作も冒頭からアドリブ全開で一気にドライブがかかっていく。主演のお膝元(関西)ということもあってポンポンとテンポ良く進んでいき、アンサンブル含めてとにかくテンションが高い。何かキメてるのか?とでも言いたくなるハイパーモード(設定がお祭りの日だから当然なのだが)のまま、1回目のタイムループに突入する。
特に戸塚純貴が演じる元同級生との再会シーンのアドリブはちょっとお目にかかれないほど長く、徐々に不安になってくるほどなのだが、不思議なことに内輪受けの寒さのようなものは感じずに素直に楽しめた。
急にテンションが変わる2幕
2幕は1幕とは打って変わってかなり暗く潜る展開となる。何十回、何百回と同じ日を繰り返すフィルは快楽や犯罪を追及することにも飽き、絶望に苛まれて様々な方法で自殺を試みるのだが、ここでフィルが歌う「HOPE」という曲は超絶技巧というか、高音から低温までを使いこなさないといけないかなりの難曲で見所となっている。桐山照史は難なく歌いこなしていて驚愕した。
考えてみると、「どうせ今日が終わってもまた今日がやってくるだけ」という感覚と、「どうせ生きていてもいつか死ぬだけ」という感覚はニアリーイコールな気がする。死に取りつかれて自ら命を絶つ人や自暴自棄になって犯罪に走る人も実際にいるわけで、本作は特殊な状況を描いているようでかなり普遍的な人生観を表現した作品なのだ。
1幕の異様なハイテンションがあったからこそ、2幕におけるフィルの絶望が引き立つ構成。おふざけもぐっと影を潜めて、急に自死を試みるというショッキングな展開にギクッとさせられる。メリハリが効いたストーリーを見事に活かした演出に、一気に惹きこまれた。
曲の使いどころの面白さ
全体的にバラエティに富んでいて難易度が高いナンバーが多く、とても音楽面で優れている作品だと個人的に思うのだが、特に2幕序盤で歌われるナンシーのソロナンバーと、2幕中盤で歌われるラリーのソロナンバーが興味深い。ナンシーはプリンシパルではあるものの、限りなくモブに近いポジション。それなのに極めてドラマチックな楽曲が割り振られている(豊原江理佳の見事な歌唱が素晴らしい)。これも、本作のメッセージがどんな人にでも当てはまるものだということの一環なのだろう。誰もが苦しみや喜びに満ちた人生を送っているのだ。
そして、バックグラウンドとして歌われるラリーのソロ。サウンドオブミュージックの「エーデルワイス」のようにシンプルで繰り返しの多いナンバーだが、こういった楽曲はテクニックが通用しない分おそらくもっとも難しい。単調すぎてもダメだし、変化をつけすぎても楽曲の持ち味を消してしまうし、なによりも下手だと目も当てられなくなる。戸塚純貴はミュージカル経験のなさを演技力と経験でカバーしているだけでなく、純粋に声が良く音程も安定していて素晴らしかった。
終盤のリタのソロもいきなりのかなりこなれたポップス調で面白く、とにかく「次はどんな曲が出てくるんだろう?」というミュージカルならではのワクワク感も楽しめて満足度が高い。
上質な哲学的コメディミュージカル
「どうせ今日が終わっても明日はこない」という絶望に見舞われたとき、人は幸せになるためにどうすればいいのだろうか?「どうせ死ぬのだから、生きていても仕方がない」と絶望している人がいたら、あなたはなんと声をかけてあげるだろうか?
フィルは、自分ができる範囲で少しずつ世界を良くしようと望み、美しいと思う景色を愛する人と共有し、「今」感じる幸せを他者と分かち合うことを選んだ。きっとそれこそが人生の意味なのかもしれないと思わせてくれる感動的なラストに、私はかなり感動してしまった。何度も上演してほしい傑作ミュージカルだと思うし、きっとこの作品に救われる人はいるはずだ。
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