『ロボット・ドリームズ』

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どんな映画?

パブロ・ベルヘル監督が初めて手がけた長編アニメーション映画。原作はアメリカの作家サラ・バロンによる同名グラフィックノベル。第96回アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネート作品。

あらすじ

1980年代のNY。孤独なドッグは友人を得ようとロボットキットを注文する。すぐに仲良くなり距離を縮めるドッグとロボットだったが、海水浴へ出かけたことで錆びついてしまったロボットが動けなくなってしまう。救出しようにもビーチが翌年まで閉鎖され、八方ふさがりのドッグは途方に暮れ……。

エモーショナルな大人の物語

まだ911が起きていないマンハッタンで静かに展開するリレーションシップの物語。ドッグとロボットの関係は恋人同士のようにも、親友同士のようにも見えるし、ふたりの性別も定かではない。本作を観る者はそれぞれが自分の人生における誰かとの関係を思い起こして、いつしか自分をドッグかロボットに重ね合わせて観ることになるはずだ。そういう意味で、本作は経験を重ねた大人の方がより深く味わうことができるのは間違いないだろう。

登場する様々な音楽と映画が表すもの

本作で最も印象的に使われているのはEarth, Wind & Fireの楽曲「September」だろう。セントラルパークでローラースケートを履いてこの曲で踊るシーンを皮切りに、ふたりの思い出の曲として本作全体を彩っている。実際にこの曲に対して思い入れが強い人も多いだろうし、記憶想起の装置としてとても有効に機能しているといえるだろう。

また、『オズの魔法使い』をはじめとして色々な映画ネタが出てくるのも映画ファンとしては嬉しいポイント。特に『オズの魔法使い』は結構しつこく出てくるのだが、空に虹がかかるシーンを含めてLGBTQを示唆しているのは確かだろう。ツインタワーがまだあるNYの風景、あの頃の音楽、皆が夢中になった映画と、「エモい」要素てんこもりで物語は綴られていく。

ドッグとロボットの非対称性

完全に対等な関係性などあり得ないと私は考えているのだが、ドッグとロボットの関係性も同様だ。ドッグはロボットを購入し、一時的にしてもロボットを失ったことによる喪失を埋める手段を色々と模索する。対して、ロボットは相手を選ぶことはできないし、動けなくなってからは自発的に行動を選択する自由すら奪われてしまう。

動けなくなってからというもの、ロボットは空想の中だけで自由に動き回るようになる。そのどれもが切なかったり楽しかったりするのだが、その中でも最も強烈なのが花畑でのタップシーンで、これも『オズの魔法使い』の中で起こっているという設定になっている。『オズの魔法使い』で花畑といえばケシ畑。ドロシーとトトとライオンが花の香で眠ってしまい命の危険に晒されるという『オズの魔法使い』でも特に怖い場面だ。私はこの場面を想起しながらタップシーンを観たので不穏な気持ちになってしまったわけだが、実際にロボットの身には残酷なことが連続して起こる。

小鳥たちとの交流を除けば、脚を奪われ誘拐され解体されるという悲惨な目に遭うロボット。いうなれば買われ、捨てられ、奪われ、殺されたわけだ。その後で救われたとはいえ、ロボット自体は状況を選択することは不可能なわけで、彼(彼女)からしてみれば「与えられた環境を受け入れる」ということしかできなかったことになる。

一方、ドッグは不法侵入で捕まってから一度もビーチを訪れない(これにはちょっと驚いた)。自分が行くことは禁止されているのであれば、誰かに頼んで定期的に様子を見に行ってもらってもいいし、拡声器で声だけ聞かせてあげてもいいし、それこそ凧などを使ってメッセージを伝えてもいいはずなのに、ドッグは何もしなかった。その代わり、ただ待つだけ……ならばともかく、出会いを求めて色々と活動したり、新たなロボットを購入したりする。

あなたが感情移入したのはどっち?

では、ドッグが非情でロボットが可哀想なのかというと、そうではないだろう(ロボットは可哀想だけど)。大切な誰かができたときに必ずなにかしらのパワーバランスの差が生じるのは必然だし、大切な誰かと離ればなれになったとき、その喪失感を埋めるために行動する人もいれば、ただひたすら再会を待ち続ける人もいるというだけの話だ。

衝動で恋人と別れてしまったとき、親友との連絡が途絶えてしまったとき、片思いしていた相手が心のどこかにずっといるとき、あなたはどんな行動を取ってきただろうか?その思い出を上書きするように新たな出会いや出来事を求めて行動した?それとも、心の中の相手をずっと思い続けて空想の世界で何度も会いたいと願った?ドッグとロボットの違いは、そういった違いなのだと思う。

どんな選択をしたとしても、時は流れ人生は積み重なっていく。その先にあるものは切ない別れかもしれないが、決して間違いではないはずだ。私たちは皆、そうやって納得しながら人生を歩んでいる。もしもあの時こうしていれば……誰もが心のどこかに隠し持っているそんなチクリとした迷いを刺激する、極上のアニメーション映画だった。

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